2016年7月1日金曜日

ハイデガー『存在と時間』におけるアヴィセンナへの誤解


提唱者:ハイデガー、トマス・アクィナス

テキスト:『存在と時間』『真理論』

ハイデガーは若いころイエズス会士になろうとしていたぐらいで、哲学史に詳しい。
これは面白い話で、ハイデガーの師匠のフッサールは余り哲学史に興味がない。晩年の講演『ヨーロッパ諸学の危機と超越論的現象学』でも、デカルト、ロック、ヒューム、カントと、いわゆる近世以降の哲学に興味が向いている。

一方でハイデガーは中世哲学への関心が強い。『現象学の根本問題』でも、スアレスとかを出してきて、当時の一般的なドイツ人の哲学史理解とはちょっと違ったところを見せ付けてくれる。

さらにフッサールの師匠のブレンターノは元々カトリックの出家だったということもあり、中世哲学に詳しい。個人的にはブレンターノにすごく興味があり、彼が中世哲学の墓場から掘り起こしてきた「志向性」は、究極的にはアヴィセンナ/イブン・シーナーに淵源すると考えている。(もちろん直接的な影響関係はないだろうけど。)

神学がベースのブレンターノ、ハイデガーと、数学がベースのフッサールのあいだを分ける興味深い特徴かなぁと思う。

で、その歴史に詳しいハイデガーだけど、彼は『存在と時間』のなかでアヴィセンナ/イブン・シーナーに言及している。第一編第六章第四十四節「現存在、開示態および真理性」(a)「伝統的な真理概念とその存在論的基礎」のところだ。
そこで彼はこう言っている。

アリストテレスは、παθήματα τῆς φυχῆς τῶν πραγμάτῶν ὁμοιῳματα、すなわち、心の「体験」たるνοήματα(「表象」)は、事物への同化である、と述べている。この言明は、決して真理の明示的な本質定義として提出されたものではないが、これがたまたま機縁ともなって、後世に真理の本質をadaequatio intellectus et rei(知性と事物との同化)として表明する方式が形成されることになった。トマス・アクィナスはこの定義の典拠としてアヴィセンナを指示しているが、アヴィセンナ自身はこれをイサク・イスラエリの『定義の書』(十世紀)から踏襲しているのであって、トマスはadaequatio(同化)という代わりにまたcorrespondentia(対応)とかconvenientia(合致)とかいう用語をも用いている。

ハイデガー『存在と時間 上』(細谷貞雄訳)ちくま学芸文庫、1966,1994, p.446–447.
(人名表記を修正)

つまりハイデガーによれば、認識の構図「知性と事物との同化」はトマスが『真理論』で提示しているのだけど、これはアヴィセンナに遡り、さらにアヴィセンナ自身はイサク・イスラエリから取っているという。

ふーん。でも、イサク・イスラエリなんて、アヴィセンナに影響与えてたかな?たしかにイサク・イスラエリ(855頃–955)がアヴィセンナ(980–1037)に影響を与えることは可能だけど…。

 じゃあ実際トマスはどう言っているかというと、彼は『真理論』第一項「真理とは何か」の「主文」でこう言っている。

或る定義は、真理の概念に先行し<真>の基盤をなすものに着眼して下される。アウグスティヌスが『独白』のなかで「<真>とは『現るがままのものごと』である」とし、アヴィセンナがその著『形而上学』のなかで「おのおのの事物の真理はその事物に内蔵される存在の特性である」とし、また或る学者が「<真>とは、存在とその存在を容れるものとの統一である」とするのはかかる見地に立つものである。
 また別の定義は、<真>の概念の点睛をなすものに着眼して(secundum id quod formaliter rationem veri perficit)下される。イサクが「真理とは事物と知性との合致である」(Veritas est adaequatio rei et intellectus)とし、アンセルムスがその著『真理論』のなかで、「真理とはただ精神だけで把握可能な正しさである」(Veritas est rectitudo sola mente perceptibilis)とするのも――いうところの「正しさ」とは何らかの合致を意味する――、この見地に立つものである。

トマス・アクィナス『真理論』(花井一典訳)哲学書房、1990年, p. 29–30.
(人名およびいくつかの用語を修正)

とくにアヴィセンナとイサクの関係性は言っていないなぁ…。
但し、やはり「事物と知性の合致」はイサク・イスラエリの主張だとしている。但し、『真理論』訳者の花井はここに註を付けていて、この文章はイサク・イスラエリの『定義集』には見出されず、むしろアヴィセンナの『形而上学』第1巻第8章の文章と同じ趣旨なのではないかと述べている。

そうなのか…?

すると、Stanford Encyclopedia of PhilosophyのIsaac Israeliの項目(Leonard Levin, R. David Walker執筆)に、以下のような記述を見つけた。

イスラエリの哲学的作品はキリスト教とユダヤ教の思想家たちにかなりの影響を与えたが、ムスリムの知識人たちのあいだではそれほどの影響をもたなかった。12世紀以降続くキリスト教徒によるスペインの再征服運動において、トレドのある学者グループが科学と哲学にかんする数多くのアラビア語作品をラテン語に翻訳した。この文化センターに移住した翻訳者のひとりにクレモナのゲラルドゥスがいる。彼はイスラエリの『定義の書』や『元素にかんする書』をラテン語に翻訳した。イスラエリの作品は数多くのキリスト教徒の思想家に引用され、敷衍された。そこには、グンディッサリーヌス、アルベルトゥス・マグヌス、トマス・アクィナス、ボーヴェのヴァンサン、ボナヴェントゥラ、ロジャー・ベーコン、クーザのニコラスが含まれる(Altmann and Stern, Isaac Israeli, pp. xiii-xiv; Julius Guttmann, Die Scholastik des 13. Jahrhunderts in irhen Beziehungen zum Judentum und zur judische Literatur, pp. 55–60, 129–30,150 and 172; またGuttmann, Das Verhaltniss des Thomas von Aquino zum Judentum und zur judischen Literatur, pp. 55–60を見よ)。
(拙訳) 

なるほど。

さらには、『定義の書』にかんしても、以下のように説明されていた。ちょっと長いが引用しよう。

元々はアラビア語で書かれたこの作品はふたつのラテン語訳(Liber de Definicionibus/Definitionibus)とふたつのヘブライ語訳(Sefer ha-Gvulim)で現存しているが、元々のアラビア語版(Kitab al-Hudud)は断片でしか現存しない。この本がキリスト教徒のスコラ哲学者に広く読まれたことは、トマス・アクィナスやアルベルトゥス・マグヌスが真理にかんするアヴィセンナの定義をイサクの『定義の書』に誤って帰したことから明らかである(Altmann & Stern, Isaac Israeli, p. 59を見よ)。この本は57の定義集であり、その大半はキンディーの様々な文章からの(しばしば出典なしの)敷衍や引用である。いくつかの例で彼は「哲学者」を引用し、これはアリストテレスを意味していると理解されるだろうが、彼が実際に敷衍しているのはキンディーである。キンディーはしばしば、アリストテレスが特定の主題について書いた内容を解説すると主張している。時たま、彼の定義はほかの可能な資料、たとえばクスター・イブン・ルーカー(835–912年に生きた医者、数学者、科学者、翻訳家)、アレクサンドロスのアンモニオス・ヘルメイウー(5世紀)、ヨハネス・フィロポノス(490–570頃)から取られている。この作品に現れるいくつかの考えは、いかなる既知の資料にも裏付けがない。とはいえ、この本がキンディーにかなり依拠していることから、Sternは、これらの逸脱はしばしば、散逸したキンディーの定義集からの引用か、キンディーの誤読ではないかと仮説を立てている。奥付のひとつは、この作品が「コレクション」であると記しており、これはおそらく、資料がオリジナルでないことを示し、そういうものとして読まれないようにという意図であろう。ほかの写本では、イサク・イスラエリがそれを書いたと主張しているが、この同じ奥付は偽の情報を含んでいる――イサク・イスラエリはスペインに生まれて、彼の子どもたちがこれを学ぶように望んだなど(Altmann & Stern, Isaac Israeli, p. 78)、 よって、この作品が完全にイスラエリのオリジナルな作品だという主張は本当のものと見做されるべきではない。
(拙訳)

なるほど!
つまり、トマスやアルベルトゥスといった中世スコラの学者たちはイサク・イスラエリの書物をかなり読んでおり、アヴィセンナの言説も実はイスラエリに淵源する、みたいなことを言っていたんだろう。

たぶんこれは、自分たちが典拠にしているものがイスラームから発しているのではなく、(名前からも分かる通り)ユダヤ人のイサク・イスラエリからなんだと考えた方が精神安定上良かったということもあるんじゃなかろうか。(深読みしすぎ?)

でも、そのイサク・イスラエリの『定義の書』の内容の大半が、じつはアラブ人の哲学者キンディーの切り貼りから出来ていたなんて、こんなことトマスが知ったら卒倒しそうだな…。

まぁ何はともあれ、トマスが(知ってか知らずか)アヴィセンナの概念をイサク・イスラエリに帰していたということはこれで明らかになった!

ということは、ハイデガーが「アヴィセンナ自身はこれをイサク・イスラエリの『定義の書』(十世紀)から踏襲しているのであって」と言っているのは、トマスが書いている内容をそのまんま信じ込んでしまっている、ということか!

ハイデガーは確かに中世哲学にかんする知識を多くもっているのだけど、その知識もやはり古くて、スアレスを中心にした16世紀の哲学史観だという指摘も聞いたことがある。

やはりハイデガーも時代的制約を受けているのかぁ。というお話。

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